雑木林

●「雑木林」

 雑木(ぞうき、ざつぼく)とは、用材にならない木、良材にならない木、雑多な木といった意味であり、スギやヒノキなどの有用材になる木に対比していわれたものである。しかし、「雑」の文字は、様々な機能や効用を持った木として、親しみを混めて呼ばれたものと思われる(文献38)

アベマキ・コナラなどが優占する雑木林
(三王坂遊歩道、2003年7月27日撮影)

 雑木林は、主に薪や製炭の原料を得るための薪炭林として使われるために定期的な伐採を繰り返してきた林である。雑木林の薪炭林としての利用は古代までさかのぼることができるが、雑木林を農業生産や農家の生活、さらには都市居住者の生活と結びつける体系的な利用が確立されたのは江戸時代以降のこととされている(文献38)

 金沢城下は、藩政期には江戸、大阪、京都に次ぐ大都市であり、5代藩主前田綱紀の頃の1697年(元禄10年)には金沢の町の人口は6万8636人だったという(文献42)。木材資源が必ずしも豊かではなかった加賀藩では、1616年(元和2年)に七木の制を定めて、松、杉、檜などの七種について売買のための伐採を禁止している(文献24、54)

金沢城の「むかいやま」、卯辰山の遠景
(浅野川大橋より、2003年8月6日撮影)

 しかし、金沢城下の町民たちの生活に欠くことができない薪などを得るための樹木の濫伐が激しかったようで、例えば、13代藩主前田斉泰(なりやす)の頃の兼六園を描いた「兼六園絵図」では、城下町の近くに位置する卯辰山はほとんど樹木が生えていない禿山として描かれている(文献43)

 明治以降も植林が進むと同時に濫伐も続き、特に太平洋戦争の頃には1万5000町歩が禿山と化していたという(文献54)

●アカマツ林とコナラ林

 金沢周辺において、人々の生活と密接に関わってきた「里山」は、主に標高400m以下のヤブツバキクラス域(照葉樹林帯または常緑広葉樹林帯)にあたるが、この地域にかって広く分布していたと常緑広葉樹林は古くから伐採が進んでいる。金沢周辺では、こうした常緑広葉樹林が伐採された後に二つのタイプの樹林(二次林)が成立する。
 ひとつはアカマツを優占種とするアカマツ林、もうひとつは、コナラ、クヌギ、クリ、アベマキなどからなる落葉広葉樹林である
(文献6)

アカマツ林
(額谷山、2002年3月4日撮影)

 一般に貧栄養で乾燥しやすい尾根地や痩せ地、逆に湿潤でほかの樹木が生育できないようなところにはアカマツ林が成立している。アカマツは陽樹のため光を十分受けないと成長できないので、立地条件のよいところではほかの樹木との競争に負けてしまう(文献6)。一般にコナラ林などの落葉広葉樹林に比べて構成種が少ない(文献26)

 アカマツ林は、主にその材が薪として利用され、伐採後は周辺樹林などからの母樹からの天然下種によって更新してきた(文献38)
 アカマツそのものは木材として使用するために残して、下生えの低木類を約15年ほどの周期で伐採することもあったという
(文献19)

アベマキ・コナラなどの優占する落葉広葉樹林林
(夕日寺健民自然園、2003年7月27日撮影)

 斜面中部から下部にかけてはコナラなどが優占する落葉広葉樹林がみられることが多い。コナラ林はアカマツ林と同様に石川県全域で広く分布している(文献6)

切り株から萌芽更新したリョウブ
(額谷町、2003年8月10日撮影)

●雑木林の利用とその現状

 コナラなどの材は通常炭として用いられ、15年から20年周期で伐採され、切り株からの萌芽によって更新してきた(文献19、38)

額谷山の炭焼き小屋
(1984年夏撮影)

 原木を焼いて炭にすると減量したので、木炭は交通条件の不利な山村でも生産され、都市の消費地へ送られたという(文献47)

 


炭焼き窯の跡
(倉ヶ岳、2003年5月11日撮影)

 石川県は、薪炭では北陸では有数の生産県として、1956年(昭和31年)には34007トンの木炭、53018トンの薪材を生産していた。しかし、1960年代以降の燃料革命によって、薪炭の需要は急激に衰え、生産は急減した(文献47)

 この燃料革命によって雑木林では定期的伐採が行われなくなり、種組成や構造が大きく変わりつつある(文献19、26、44)

1980年代半ばまで炭焼きが行われていた付近の若齢林
 切り株から萌芽更新した様々な落葉広葉樹が繁茂している。
頻繁に伐採されていた頃にはこのような低木林・中木林が広く占めていたと思われる。

 更新伐採直後の林地や樹高4〜6m程度の若齢林はウラナミシジミやアカシジミ、ミドリシミジ類の生活空間として重要であるという(文献78)
(額谷町、2003年8月10日撮影)

 幹や下草がそれぞれ薪炭材と燃材に、また落ち葉が堆肥等に活用されていた1950年代には、更新のための伐開直後の伐開地や伐採後再生初期の低木林、薪炭材としての伐期を迎えた樹高7〜8m前後までの中木林群に至るまで様々な植分が混在していたものと考えられる(文献78)

林床にササが繁茂するアベマキ・コナラの高木林
(夕日寺健民自然園、2003年7月27日撮影)

 現在の雑木林では、下刈りや裾刈りの停止による林床や林縁での低木類、ササ類の密生化、定期的な萌芽更新によって生じていた若齢林や林冠ギャップの減少など、生態環境の均質化・単純化が顕著である。
 ヤブツバキクラス域では、次世代の優占種である常緑広葉樹が亜高木層や低木層に達している
(文献78)

 また、生産力の低い農地の休耕、廃田などによる荒廃、畦・土手・湿田の消失、林縁植物の繁茂による細流の被陰といった生産構造の変化などもあって、雑木林とその生産管理に依存していた生物の多くは、生息環境を失い減少の一途にある(文献78)

落葉広葉樹林の林床に群生しているカタクリ
(平栗いこいの森、2003年4月13日撮影)

 雑木林は、近年、絶滅危惧種も含む多様な生物相を持っていることや、水源涵養や水質浄化といった様々な環境調節機能を持っていることから、その重要性が見直されてきた(文献15、36など)

里山保全活動によって下刈りなどの維持管理が継続されているアベマキ・コナラ林内
(夕日寺健民自然園、2003年7月27日撮影)

 金沢周辺でも、平栗いこいの森夕日寺健民自然園、奥卯辰山など里山保全活動や自然観察会などが催され、身近な自然に触れる場として親しまれている(文献36)

 

 

■引用文献一覧